93年のオープン以来、常に世界レベルのパーティをプロデュースし、世界でもトップクラスのクラブともいえる地位を確立。そして05年の12月3日に12年という長い歴史に、惜しまれながらも幕を閉じてしまった"MANIAC LOVE"。今回は、"MANIAC LOVE"で、店長の和田勉氏と、オープン時からDJとして参加しているDJ WADA氏、たまたまお店に来た同じくDJのKAJI PEACE氏に、"MANIAC LOVE"を語ってもらいました。
☆:"MANIAC LOVE"との関わりは?
DJ WADA(以下W):最初、僕は新宿のMC1000でやっていて、そこが"MANIAC LOVE"を始めて、移ったんです。当時は、サブライムの山崎さんが、金土のオーガナイザーで関わったりとか、アフターアワーズはTOBYとYO-Cがやってましたね。僕とKAJIくんでやってた時もありましたよ。
和田勉(以下和):あ!KAJIくんだ(笑)。
W:KAJIくんの話をしてたんだよ。
KAJI PEACE(以下K):え!?
W:オープンの時の話。
K:何だか分からないまま、「あれ!?クラブなの?」みたいな(笑)。
W:KAJIくんもオープニングDJだったよね。
和:オープンして1年間の壁が白い時は、僕はまだいなかったんですが、その頃は、設備も無かったんですよ。
W:照明が無かったよね。だから、企画で勝負しかなくて、アラビアンナイトからベリーダンスまで、変な企画が多かったよね(笑)。
和:真っ白で何も無い空間で、企画も他に無いものだったから衝撃的なデビューでしたね。
W:最初は、サロンっぽかったけど、クラブっぽく踊らせる感じになったよね。
和:ダンスフロア中心のクラブという方向性で改装したんですよ。当時、テクノパーティは、ほとんど無かったですし、入った時は、テクノを全然知らなくてここで学んだんです(笑)。オープン当初からテクノを、根本的な柱にしてたんですね。実験的な事もやってたんで、アーティストを育てる機能をしてたんですよね。タイミングが良かったのと、箱とDJが一緒に育ったパワーが、10年も続いた秘訣ですよね。
W:アンビエントの時に、横田さんと僕でライブやったり。他の土曜日も、スヴェン・ヴァスとか海外のDJが、飛び入りで回したりとかね。
和:告知も無しで、看板も雑誌にも出さない、でもお客さんが入っていたんです。どこから情報を得てたんですかね?今みたいにネットも無かったし。
W:口コミじゃない?今まで、色んなお店でやって来たけど、ここは運が強いよね。
K:12年は長いですよ。DJブースが真ん中の時が、好きでしたね。さりげなくていいんじゃない?
W:以前は、入ったらブースの裏だったもんね。
K:最後は、クラブになっちゃったね。今のクラブに無いクラブっぽさが残ってるから、もったいないよね。
和:クラブっぽく無かったのに、クラブっぽさしか残んなかったね(笑)。でも、ドメスティックなシーンは作っていけたんじゃないかな。外タレを呼んでたけど、メインでは無かったですしね。
レギュラーを大事にするのもマニアックらしさだったし、パーティやDJを育てる意識はしてましたよ。
W:金、土は、行けば毎回同じ音がかかる形を貫いていたよね。頑固に(笑)。それが12年続いた理由かな。
K:俺がいる時に潰れて良かった(笑)。
W:オープンからは、KAJIくんと僕だけだよね。
和:正直ね、振り返られないんすよ。。。無くなる事が実感出来なくって、気持ちの整理が付かないんすよね。。。
W:このビル買っちゃえば(笑)。
和:いくらするの(笑)?
K:高いっすよ(笑)。
和:でも日本で、最高の物件でって難しいですよね。法律が追い付いていないしね。
K:儲かってるんだったらいいけど、赤字経営だからね(笑)。日本のDJも外に行く事が必要だけど、帰って来たら何も無い、じゃね。自分の国なのに、悲しいよね。そうなる前に、頭のいい人たちに頑張って欲しいな。
和:KAJIのインタビューになっちゃったよ(笑)。
K:勉ちゃんに期待しているからさ。
W:新生"MANIAC LOVE"を作ってもらわないとね(笑)!!
☆:印象に残ったイベントは?
W:2001年のカウントダウンは、面白かったね。
和:カウントダウンは、DJにトラックを作ってもらってたんですよ。
W:その時は、僕がやって、、、
和:『2001年宇宙の旅』の、、、
W:ダンストラック作って(笑)。
和:劇的でしたね!!印象に残っているのは、新しい事をやった時に、箱のパワーが付いたって感じた事ですかね。アフターアワーズも、いつの間にか東京のスタイルになって、色んなクラブでやっているし。BBSを見ても、ハズレが無いとか、安心して行けるという声が多くて、それって大事だなって。
W:需要はあるんで、頑張って作って下さい(笑)!
和:"MANIAC LOVE"は、世の中に何を残せたんですかね?
W:人の心に何かを植え付けているはずですよ。思い出にしている人も多いし、かなり影響力が強いと思いますよ。
☆:"MANIAC LOVE"のお客さんへ
和:"MANIAC LOVE"は、DJとかアーティスト、お客さんにも恵まれて、そのお陰でここまで来れたと思うんです。箱の色は、お客さんや関わる人たちが付けるというコンセプトじゃないけれど、まさにアーティストとお客さんが、ここの箱の色を付けてくれたと感じています。ここのお客さんは、東京の中でも遊び方を知っている、クールで格好いいお客さんです。マニアックラブはクローズしますが、これからも東京の夜のシーンを盛り上げて欲しいです。
W:じゃあ、10年くらいしてから復活しますか(笑)?